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ゴム動力プラ子の日記 〜第209
回〜  2013年 6月20日(木)

 

今日は夜に「海洋堂でしょう!」のスタジオ見学に行きます。結構楽しみ♪

 

では第2話どうぞ〜。

 

=====

■キリ番■

第2話 「消えた彼女」

 

「とにかくさ、このカッコはやめたほうがいいよ。ね、優子さん」

そう言ってボクは冷静を装った。落ち着け、落ち着け。彼女の背中をポンポンと軽く

叩くと、顔を上げた彼女はやっぱり酔っていた。うつろな瞳が誰かに似ている。

 

「酔っぱらいめ、って思ったんでしょうけど、ワタシ、もうその気になってるんだから」

そういって彼女はボクの肩に置いた手に体重をかけ、気だるい様子で立ち上がると、

長い髪を揺らしながら座敷に戻っていった。向こうから田中の声がした。

「優子さん、トイレ長いよ〜。」

あっちがまた賑やかになった。

 

廊下にぽつんと1人残されたボクの目に、古びた廊下の電球が妙に眩しかった。

ボクは誘われたんだ、たとえ酔った勢いでもなんでも、優子さんに誘われて、

今夜 ホテ ルの部屋に呼ばれたんだ。どっきりカメラの確率と、そうじゃない確率を

考えようと するのに、思考力が著しく低下していた。 さっきのことを思い出すたび

にまた電気が走る。あっちに戻らずこのまま1人で余韻に浸りたい気持ちだった。

 

が、残念ながら田中が大きな声でボクを呼んだ。

「うぉ〜〜〜〜い!もどってこ〜〜〜い!!!」

「お〜!酔った酔った〜 顔洗ったら行く!」

夢から覚めた気分でトイレに入ると酒屋の名前入りの少し錆びた鏡に自分の顔が映っ た。

首にうっすら口紅の跡、白いワイシャツの肩にも化粧のあとが 付いていた。

田中に見せびらかしたい衝動を抑え、この後の、おそらくスリリングな展開への準備

と して、ボクはワイシャツを払い、ハンカチを少し濡らして首の口紅を拭った。

田中に見とがめられたらアウトだからな。あ〜、先に気づいて間一髪だったな。

 

トイレに入ったついでに、一応今日の下着も確認した。よし、買ったばかりのトランクスだ。

仕事が長引いて、駅から走って来たから、結構汗はかいたけど・・・。靴下にも穴はない。

よしよし・・・。 ふと、真剣にこの先に備える自分がちょっと自分ら しくなくて、なんだか

笑えてきた。実際女性からあんにストレートに誘われたのは初めてで、予測が付かない。

ボクは今夜、緊張のあまり、年甲斐もなく、とてつもないヘマをやらかしてしまうんじゃない

だろうか。そんな 弱気が胸をよぎった。

 

座敷に戻るとそろそろ帰り支度が始まっていた。残っていたタコの唐揚げをひとつふたつ

口に放り込み、都心とは比べようもなく安い会費を払って、狭い階段を下り、靴を履いて

押されながら外に出た。

 

夜風はさっきより涼しく、ちょっと身震いした。後ろから出て来たプラ子姐がボクの肩を

たたいて言った。

「今回のキリ番、やたら豪華だから、期待していてね!」

そういえば、昨日ミクシィでプラ子姐のキリ番を踏んだんだ。

「おぉ、サンキュです!期待してますよ!」

「おっけ〜 ふふふふふ」

 

隣町のきらびやかなビル群を見上げるこの飲食街は寂れた風情で、今時流行らない

ネオンの色の向こうには古びたラブホテルの「ご休憩」の文字がピンク色にボンヤリ浮

き立っていた。初めて降りた駅の、思い描いていた通りの典型的な裏通り。きっと何

年も前から何も変わっていないんだろう。昔ハイカラだったに違いない純喫茶の看板

がガムテープで補修してあるのを、見るともなしに見ていた。心ここにあらずだった。

 

「ほら、敵機発見!空襲警報!起きないとせっかく作ったジオラマが爆撃されますよ!」

寿司屋の二階の窓から田中が鈴木を起こす大袈裟な声が聞こえる。他のみんなは

もう外に出ていたけどそれを聞いて笑っていた。

「ダイオラマ〜だろぉ」というだれかの気の抜けた声を聴きながら見回すと優子さんが

見あたらない。

あれ?

「はい、次、歌いに行く人!」

田中の声に全員元気に手を挙げた。ボクもつられて手を上げた。バカだな〜と思いながら。

でも、優子さんも行くかもしれないし。ボクの横で、立っているのがやっとの鈴木も手を

挙げている。虫歯の数が全部わかるほど大口をあけてあくびをしながら。 こんなに

なってもヤツは しっかり肩から作例のはいった大きなプラコバッグを提げていた。

 

「あれ?優子さんは?」

「あ、さっきちょっと飲み過ぎて体調悪いからってホテルに帰りましたよ」

「な〜んだ、優子さんの歌声を聞きたかったのにな〜。」

「まぁ、アタシの声じゃだめかしらん?」

ふざけた甲高い声で田中が答えて皆がまた笑い、そのままぞろぞろ歩きだした。

 

あぁ、そういうことか。そういうことだったのか。

ボクも体調悪いって帰りたい。なんなら、さっきの唐揚げを吐いたっていい。

とにかくすぐに彼女の部屋をノックするべき夜じゃないか。それなのにボクのこの右手は

どうしてカラオケに手を挙げちゃったんだろう。

 

どのタイミングで抜け出すのか、そしてノックするべきドアは、この見知らぬ街のどこに

あるのか。慣れた男ならちゃんとあのときいろんな事を聞き出していただろうに、ボクは

なんと要領の悪いやつなんだ。おまけに彼女の携帯の番号も知らないなんて。

 

あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜もぉ〜〜〜!なにも起こるまえ に、もうヘマをしてる

んじゃないか!おまえってヤツは〜〜〜〜!

 

ボクは結局カラオケについて行き、上の空の1時間半を過ごした。皆の熱唱は素晴ら

しかったが、ボクは今夜、のんきに歌を歌えるような心境じゃない。大事な用事があるんだ。

大事な、大事な、一大事なんだ。

とにかく落ち着かなかった。1人2人と日帰りのメンバーが抜け始めたのに紛れて

カラオケの部屋を出ることにした。田中はプラ子姐と目をつぶってデュエット熱唱中で

ボクが部屋を出るそぶりには気づかない。声をかけるのはやめてそのまま行こうとし

たとき、歌っているプラ子姐がニヤリと笑って手を振った。

 

カラオケの店から通りを隔てて反対側の大きな神社の前に、猫バスが来そうなバス停

があった。ベンチの横には大きな木。きっとクスノキだ。いや、トトロの木か? ボクは

抜け殻のようにベンチに座った。あぁ、優子さんはどこへいっちゃったんだろう。

肌寒いのを通り越して、すっごく寒い夜になっちゃったなあ。

 

そばにあった自販機で珈琲を買って、時間を見ようと胸ポケットの携帯を出したときだった。

白い割り箸のカラ袋がポケットから一緒に出てきて、はらりとベンチの下に 落ちた。

拾おうと手を伸ばすと、丸くない文字が見えた。

「よかったら、ほんとに来てください。優子」

ホテルの名前と数字4桁が書かれていた。部屋番号か? そうか、あのとき彼女が・・・。

 

ギュイ〜ン!


さっきは空っぽだったボクの体に音を立ててエネルギーが注入されるのがわかった。

このままアトムのように飛んでいけそうな気分だ。まだ開けてない缶コーヒーを座っていた

ベンチに勢いよく置き、ノックをするための右手を高く振り上げ、通りかかったタクシーを

捕まえて飛び乗り、カタカナいっぱいのホテルの名前を告げた。

行け!急げ!

 

続く。

 

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