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ゴム動力プラ子の日記 〜第210
回〜  2013年 6月27日(木)

 

本日は、わたくしの40代最後の1日であります。 あぁ、いつのまに・・・・・・。

 

では第3話どうぞ〜。

 

=====

■キリ番■

 

第3話 「地球を見下ろす部屋で」

 

さっきまでいた場末の雰囲気とはぜんぜん違い、そのホテルは外資の香りをまき

散ら しながら、街の中心にキラキラとそびえ立っていた。これでも一応、ビジネスマン

の 端くれだ、宴会でゆるゆるになったネクタイを締め直し、脇に抱えていた背広を着

て、ぴしっと引っ張り、ちょっと背筋を伸ばしてタクシーから降り立った。

 

仕事の書類が入っただけの小振りのブリーフケースを持ったボクに、背筋の伸びた

ベルボーイがにこやかに 「ご宿泊ですか?」と声を掛ける。なんでこれで宿泊に見える

かなぁ。でもこの時間じゃ否定しにくい。みんなこういう時、どうしてるんだろうなぁ、と

思いつつ、本日何度目の失敗だろう、ベルボーイに促されるままボクはフロントに行き、

彼女のドアをノックするはずだった右手で、こんどは背中のとがったペンを握り、

「ご宿泊者様 カード」に住所を書いてサインをしていた。ボクはホントになんと優柔不断な

ヤツなんだ。バーで待ち合わせだ、とか、うまく言えばよかったんじゃないか。しかし今頃

気がついても遅い。目が飛び出るほど高いシングルの値段だった。自分史上、最高額だ。

しかし、

「本日はお部屋が空いておりますので、シングルの料金で結構ですから、ぜひジュニア

スウィートのお部屋をお使い下さい」

と言われた。 これはラッキーというべきか。明らかにラッキーだ。ここで運を使うのかと

思いつつ、エレベーターに向かった。

 

ちょっとした部屋のように豪華で椅子までついたエレベーターはルームキーを差し込

まないと階ボタンが押せない仕組みになっていた。そうか、どうせ1人でこっそり

入っても部屋には上がれなかったんだ。礼儀正しい若いホテルマンが、分厚い絨毯の

廊下を進んだ突き当たりの部屋まで案内してくれた。ドアがでかい。しかも広い。

 

ひととおり空調や冷蔵庫の説明を終えると、彼はにこやかに部屋を出て行った。

「どうぞごゆっくり お過ごし下さい」とゆっくり丁寧に頭を下げて。だけどボクはゆっくり

してられないのだ。彼女は待ちくたびれてもう寝てしまったかもしれない。

 

書斎机の脇の上のモダンな形の電話が目に入った。そうだ、ノックしに行かなくて

も、ここから部屋に電話できるんだ。ボクは胸ポケットからさっきの大切な割り箸袋

を出し、間違えないようにゆっくりと部屋番号を押した。呼び出し音に合わせるよう

に胸がドキドキ高鳴り始めた。

 

・・・・・・よくぞなくさなかったものだ。この小さな紙切れを。

 

「はい」


あぁ、優子さんの声だ。

「・・・ごめん、メモに気づくのが遅れて。寝てたかな。今ホテルに着いて、成り行きで

チェックインまでするはめになっちゃってさ」

「え〜〜 もったいないなぁ。あはははは」

眠そうだけれど笑ってくれた。怒ってないみたいだ。

 

「ねえ、何階?」

「88階 なぁんてね。ホントは38階だよ。しかも広い部屋だ。」

「AFVモデラーって88って数字が好きね。高層階か。 羨ましいわ。こちらは9階よ。もし

かして、夜景、きれい?」

「え、まだなにも見てないけど、ちょっとまってくださいね。」

受話器を置き、カーテンを開けた。驚いた。未来都市みたいだ。一瞬、つい先日観た

ばかりの、小松崎茂画伯の原画を、実写版で観ているような錯覚をした。地球を見下ろし

ているような、なんともいえない浮遊感。

 

 

「すっごくきれいですよ。 ・・・こっちに来る?」

 

・・・・・・??? 言えた!すごいことを言えた!でもホントに思った通りのことだ。

「もうお化粧落としてしまったけど・・・」

「気にしない。早くおいでよ。」

ガッツポーズだ。ボクにしては上出来!

 

さぁ、2人の夜はこれからだ。

 

彼女が部屋を出てエレベーターに乗り、この部屋の前に立つまであとほんの数分に違

いない。汗っぽいけどシャワーを使うには時間なさ過ぎだ。さすがに湯上がりでタオ

ルを巻いて出迎えたりしたら、やる気満々みたいで、ムードないよな。いきなりそれ

はないでしょ〜って思われて警戒されたらだめなんだ。確かにそういう願望はあるが、

・・・悟られちゃったらかっこ悪い。

 

寿司屋の廊下で僕の首にキスをしたのは彼女の方なんだから彼女の「その気」も間違

いない。でも、女心と秋の空、これだけ待たせてしまったら、やっぱや〜めた、って

ことだってあり得る。それはイカン!断固阻止だ。 

 

・・・・とりあえず、歯磨きぐらいは済ませておこう、と気持ちを落ち着けた。

広いバスルームは板張りで、 壁と床は暗い色調に統一してあった。壁の隙間に

照明が隠されていて、雑誌で見かけ る流行のレストランのようだ。洗面台の白が

まぶしい。全てのアメニティが二つずつ、きっちりと並べて置いてあるのを見て、

ドキっとした。水栓金具もモダンで照明の効果もありピカピカ輝いている。その奥

には大理石にガラス扉のシャワーブースと、そして、白い大きなバスタブが見えて

いる。バスタブの横には大きな窓があり、 お湯につかりながら夜景が見えるのだ。

スゲーーー!

 

洗面所だけではない。とにかくこの分不相応にステキな部屋は照明や備品のデザイン

がトータルにコーディネートされていて、見回せばかなりいい雰囲気だった。ジャズ

でも流そうか。チューリップの歌って感じじゃないな。夜景の広がる窓の脇には赤い

皮のソファがある。2人で腰掛けたらどんなにかいい感じだろう。隣の部屋の大き

なベッドが見えて、またまたドキっとした。

 

それにしても、落ち着かない。動物園の熊のように、広い部屋を歩き回り、ドアの

のぞき穴から廊下を見たり、照明付きのキャビネットからグラスを出してテーブルに

おいてみたり、またしまってみたり。部屋の照明を暗くしたり、戻してみたり。また

ちょっと暗くしてみたり。

 

 

そしてついに部屋のチャイムが鳴った。

「ピンポ〜ン」

ドアを開けたら田中が立っていたりして・・・やっぱりどっきりだったのか!ってオチか?

などと、とっさにあれこれ考えながら、願うように招き入れた人は・・・・・・

やっぱり優子さ んだった。

 

つづく。

 

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